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あかく咲く [3]










一条の光の筋が、薄暗い床に垂直な線を伸ばしていた。
私室の堂扉が、開いていた。
その無用心さはおよそ、自分から遠い。
堂扉の隙間から細い光の筋が、描かれた線のように洩れている。
まるで獲物を誘い込む、罠のようだった。
















詮無い連想を薄気味悪く感じながら、男は用心深く堂室へと足を踏み入れた。
普段と特別変わった様子もなく、けれどやはりどこか、拭えない違和がある。
暗闇に獣が潜んでいるような、張り詰めた緊張感にそれはよく似ていた。
首裏の産毛が逆立つような、その元を注意深く探っていく。
幾つかに分かれた堂室の最も奥、決して他人を招きいれぬ、窓もない書斎代わりの小さな堂室に踏み込んだ時、発せられる気の強さに圧倒され、足が竦んだ。
誰何するのも忘れ、ただ茫然と、そこに立つ少女を強く見返した。
書卓の傍に、見知らぬ少女が一人、立っていた。
年の頃は十六、七に見えた。
けれどその眸に宿る理知が、彼女がその外形をとうに経たものだと教えていた。
鮮やかな赤い髪が小さな顔をなぞってその輪郭を際立たせ、射るような強さを持つ、緑の眸が特に印象的だった。
その凛然とした容貌には惜しいような、簡素な官服に身を包んでいる。
これほど印象的であるにも関わらず、最初、彼女が誰であるのかわからなかった。
だが遅まきにそこに立つ人が誰であるのか気付き、愕然とした。
そんな莫迦なと思いながらも、間違えようのないその人を示す符号の一致。
こちらの戸惑いに彼女は自らの正体が知れたことを察し、厳かに口火を切った。
「形見を、返して貰いたい」
凛とした声が、引き絞られた矢のように放たれた。
















友人との約束を裏切ることになり、己が麒麟の不興を買うことを、承知していた。
死んだ奚も、目の前の茫然と立ち尽くす男の、どちらも、よく知る者ではなかったけれど。
影には常に、人ならぬ使令が潜み、この身を護っていた。
免罪符にはならないが、命に関わる危険にさらされないことは、最低限約束されていた。




「先日、年若い奚が死んだ      
低く、陽子は言の葉に過去を載せた。
「私とそう変わらない外形の娘だ。彼女の形見を、返して貰おう」
口腔内に苦さが広がっていくのを味わいながら、一歩を踏み出した。
男は大きく震え、陽子が踏み出した分だけ、後ずさった。
一定の間合いを保ちながら、睨み合いが始まった。耳に痛いほどの沈黙が、場を満たす。
向ける目の先で、男の緊張が手に取るように感じられた。
どこといって、特徴のある人物ではなかった。容姿にも、周りの者が知る、性格にも。
内向的で他者とあまり打ち解けず、人に強い印象を与えない。
けれど時にひどく冷徹で、弱者に対して排他的である、という以外には。




「……なぜ……」
弱々しく吐き出された言葉に、陽子は眉をひそめる。
この一種異常な事態に、困惑はしているようだが、怖れている様子は見受けられなかった。
その疑問が一体何を指す言葉なのか、陽子こそが、問い返したかった。
不審を潜ませ返される目は、独白の通り、ただ、戸惑いを露にしていた。
「あなたに一体、何の係わりが……」
その呟きはゆっくりと、陽子の中で驚愕へと変じる。
鈴と祥瓊から初めて事の顛末を聞かされた、あの時に感じたおぞましい感触が生々しく肌の上に蘇った。冷気が足元からひたひたとあがって、心臓をつかまれるような怖気がする。




弁明の必要すら、ないこと。
名もない若い娘が一人、絶望を胸に自害した。
ただそれだけのことだと。




わずかな時間を要して応えに辿りついた瞬間、ふつりと、目蓋の裏が熱くなるのを憶えた。
他者の命の価値に、何人も優劣をつけることなど許されてはいない。
気まぐれに花を手折り、飽きれば打ち捨てるのと同じだと、そんな行為を人道に悖るとなじった所で、理解もされない。
しかしそれが連綿と、黙認されていた。
決して表立って騒がれることもなく、名もない女が一人、消えていくだけのことと。
口憚ることであってもそれは決して、罪にはならないのだと      
湧き上がる憤りに躰がこわばり、まるで自分のものではないような奇妙な感覚に襲われる。
それでもこの想いだけが、陽子をここまで動かした。
それだけは、確かな真実だった。
「こんなことは、許されない」
思わぬ強さを伴なって放たれた言はしかし、想像とは違う反応を引き出した。
罪を言及した発言に、眼前の男の唇には、うっすらと笑みが浮かび上がっていた。
遠くから駄々を捏ねる子供を見るような眼差しをして、その薄い笑みは、陽子の主張を愚かしいと、存外にそう、告げていた。
「もう逃れることはさせない」
「何を仰っているのか、私にはわかりません」
濁りない、明確な発言だった。
もはや牽制も手加減も必要なかった。牽制から逃れゆこうとする獲物に、陽子は躊躇なく鋭い爪を覗かせた。
「調べるのは簡単だった、証拠があることも。そう、元々ただ目を背ければよいだけのことと思われていたのだからな」
吐き捨てる、言葉のすべてが苦かった。
余裕が戻ったかに見えた男の頬が、鈍い刃に傷つけられたように引きつった。
「装飾品の蒐集癖があるそうだな。特に贈る者の影も見えないと聞く。それは一体、何の為に、どこから手に入れたものだ?」
はっきりとわかるほど大きく肩を揺らし、男は息を飲むと慌てて顔を逸らした。
深く牙を突き立て、骨までも砕く。
獲物がどちらであるのか、はっきりと認識させるために。
「お、お応えする義務はない」
「そうはゆかぬ。応えよ、そなたにその権限はない」
声量を越えた別の強さが、言霊となる。権力に縋る者は、権力には決して逆らえない。
そうして陽子は言霊に更なる力を込め、重ねる。
「応えよ」
拒否を許さぬ響きに、やがて男は屈したかに見えた。
背けられた顔が、ゆっくりと陽子を向く。
次第に上げられたその顔にはまだ、変わらぬ冷笑が浮かんでいた。
「……所詮は女王か。まして海客であるあなたには、わからないのでしょうな」
返されたのは、あきらかな侮蔑。
自己を正当化するために、そうして他人を嘲り続けることに、何の罪悪も感じぬ者の顔を陽子はくつりと嗤い、悠然と見返した。
意外な反応に、男の顔に動揺が広がる。
大方、怒りに打ち震えるとでも思っていたのだろう。それならばなお滑稽だと陽子は思った。なんと醜いのかと、嘲笑がこぼれ落ちる。
胸の内が、墨をこぼしたようにゆっくりと黒く染まっていく。
悪戯に他者の尊厳を傷つけ、奪い、その代償を受け取ろうともしない。
「御託は充分。私には、すべての民を守る役目がある。ゆえにもう一度だけ言おう、これは、決して許されざることだと」
少しの温度も感じさせない声で、陽子は宣告する。
濃い絵の具に筆を浸し、それを勢いよく刷いたように、見る間に男の顔が白くなった。
退路を断たれ、もはや裁きの頤からは逃れられぬと知って、己の罪に打ち震えながら口元を手で蔽い隠した。
ただその目だけが縋るものを探すように忙しなく動き、ふと陽子を睨み、凝視した。
「……ここは、私の私室です……ここで何かあって困るのは、あなただ。言い訳など何も許されないでしょう……」
噛みしめるよう呟きに、自分がこぼした言葉の意味を理解した瞬間から、男の目に生気が戻った。
正気とは思いがたい、原始の獣を彷彿とさせる光が鈍く輝いているのを陽子は認める。どこまで性根が腐っているのかと、重く嗤う。
胸の内は隙間なく、不快さに闇よりも黒く染まっていった。
「……残念だ」
声が、重複した。お互いの意思は、何処までも相容れない。
空気が、奇妙に歪んだ。
男が素早く動き、同時に影から動く気配を察し、短く制止をかける。
襟元へと伸び来た手を陽子は薙ぎ払い、硬く握り締めた拳を男の鳩尾へ渾身の力を込め、打ち込んだ。
ひしゃげた蛙のような悲鳴をあげ、男は無様に壁際へと激突し、崩れ落ちた。
衝撃でしばらくは呼吸が出来ず、呻きながら躰を丸めた。
握り締めた拳を解けないまま、陽子は呼吸一つ乱さずに、冷淡な眼差しを向けた。
「恥を知れ」
今までにない怒気に、うずくまるその躰が一瞬震え、そして、よろめきながら男は亡霊のように立ち上がった。その目からいまだ獣の光は消えず、血が滲んだ唇には、引きつるような笑みがあった。
ゆっくりと、男は一歩を踏み出した。どちらももう、戻ることはできなかった。
ならば心の命ずるままに、従うほかない。
結果など、起こった後の些細な出来事。今、考える必要のないことだった。
行き着く先がもはや、決まっているのならば。
陽子は拳を開き、足に躰の重心を置いた。
再び、空気が奇妙に歪んだ。
「班渠」
低く、明澄な命令の声が響く。
影から風のように駆けた使令は止める間もなく、男の喉笛を噛み千切った。
生ぬるい血の匂いが、瞬く間に狭い堂室の中を満たした。
悲鳴を上げるより早く声を失い、巨大な獣の下でもがく強張った手足だけが、陽子の目に現実として映る。それを認識するのに、一瞬の間があった。
あまりに残酷な現実を、受け入れがたかった心の動きゆえに。
「……やめろ! 駄目だ殺すな、景麒ッ!!」
振り返り、命を下した当人に陽子は詰め寄る。
「頼むから、死んだ奚を憐れと思うならやめてくれ……!!」
冷め切った双眸で眼前の出来事を見つめる己の麒麟に、陽子は手加減を忘れてその胸を叩き、訴えた。自分が口にした言葉に動揺し、感情を抑えるのも忘れた陽子の嘆願は悲鳴に近い、切迫した響きを伴なっていた。
景麒の視線はそれでも陽子へ移ることはなく、すべてを見届けるように、ただ一点に注がれている。
「私は何でもない! 班渠、絶対に殺しては駄目だ!!」
二度目の悲鳴に、景麒は小さく身を震わせた。触れていなければ気付かないほど、僅かに。見えない鎧を脱ぐように、彼を包んでいた鋼鉄の意志が、ゆるやかにほどけていった。
「……班渠、もうよい。驃騎、太師に事の次第を説明し、指示を」
二つの是を聞き届け、陽子は景麒の腕を掴むと、強引にそこからもっとも隔てられた堂室へと移動した。
人である自分でさえ、血の匂いに強い吐き気を憶えた。何度経験しても、これは決して慣れることがない。まして不浄を厭う麒麟には、耐え難い事態に違いなかった。
自分が一体何をしているのかどこがで冷静に考えながら、陽子は強引に景麒を椅子に座らせて、そこで途端に言葉を失った。
何から話すべきか、何を問うべきか、もう子供ではないのに、こんな時はいつも言葉に詰まった。自分が正しくないことをし、その行いを恥じているからだった。
だからいつも、彼の言葉には抗えなかった。それが非難でも、純粋な怒りでも。
「……死んだ奚というのが、鈴の知己ですか」
生ぬるく、滲むような声が唐突に耳に飛び込んできたのに驚いて、陽子はうかがうように眼差しを上げた。
「そう……だが……」
軽い混乱に襲われ、一瞬、状況を見失いかけた。
彼が何をどこまで理解しているのか、全く読めなかった。
「あの男がその娘を殺したというのなら、御自らこのような方法を取る必要が、何故あったのか……」
やっと噛み合った視線に、己の罪深さを知る。
何気ない仕草や会話の中で相手が何を思うか、親しい仲なら気付くのはそう難しいことではない。そこから原因を探ることは、景麒なら造作もないことだった。
それなのに、彼は未だ真相を知らずにいる。
風のない湖面のように深く澄んだ目を見返し、陽子は己の弱さを実感した。
せめてこれ以上の秘匿は、してはならないのだと。
足から力が抜け落ちそうになり、意識して、気力を込める。
小さく息を吸い込み、陽子は時間をかけ、乱れた感情を気息とともに整えた。
そしてそっと、火を吹き消すようにして唇を開いた。
ひそやかな秘密を、打ち明けるために。






できるなら、こんなことを彼の耳に入れたくなど、なかった。






「……死んだ奚は、自害した。あの男に、誇りを穢されて。そんな娘が幾人も、長い間闇に葬り去られてきたのだと。娘たちは卑しき身ゆえに、それは罪にはならないのだと、私は奚の死を聞いた時、初めて知った」
それは不安定ながらも平和が築かれ始めた今日、景麒が絶句するには充分な告白だった。
人の心というものが長い因習の中で歪み、善悪の区別をなくさせることはそう珍しくはない。けれどこれは、獣にも劣る蛮行だった。
無理矢理水に沈められた時のような不快な圧迫感が、その場に降りかかった。
景麒は利き手で青ざめた顔を蔽い、陽子には聞こえぬ声で、何かを呟いた。
唇の動きだけ読んでもそれが音にならない限り陽子にはわからず、歯痒かった。
同時に、見えない境界を目の当たりにした気がして、気持ちが竦んだ。
硬く目を閉ざした後、景麒は前触れなく、最小限の所作で立ち上がった。
慌てて止めるも、間に合わなかった。
留めようとした手は自然と彼の腕に残り、思いがけず間近く対面することになる。
陽子は自然と少し、後ずさった。
「そんな相手を、こんな方法で一人追い詰めることが正しいと、そうあなたはお考えか」
歯切れよい、低い声は突き刺すようによく徹った。
無視するにはあまりに強い熱を伴なって、それは陽子を縛る。
けれどそれをうち破るほどの熱が、今の陽子には内在した。
目的を達した今でさえ、焦がすほどに胸臆で燻り続けては、その想いは咳き上げてくる。
「言い訳はしない、私は間違ってるだろう。でも誰ももう絶対に、そんな目に合わせたくなかった。使令を信頼しているからこそ、踏み切れたんだ」 
思わぬ告白に景麒は虚を衝かれ、何か言いかけ、口をつぐんだ。
憤りと困惑とが入り混じった双眸が見上げる陽子を映し、さざめいていた。
一瞬だけそこに強い色が浮かび、陽子が無意識に身を竦めるのと同時に、閉ざされた彼の唇が薄く開いた。






「……あなたは、残酷だ」






ただ、一言。
強い感情が入り混じった声がこぼれ落ちた。
それは鋭く深く響いて、思わぬ強さで陽子の胸を叩いた。
寒さを感じたように全身が小さく震え、それを隠すのに、そっと当てた手を彼の上膊から浮かせる。
それを阻止するように、景麒の手が陽子の肩を掴んだ。
何か言わなければと思った。けれど謝罪の言葉は誤りであり、陽子はゆるやかな動揺の内に言葉を見失い、ただ沈黙を飲むしかなかった。
「どうか……こんなふうに、避けられる危険の中に身を置かないで下さい。あなたには内密に、驃騎をつけました。あなたの身に何かあれば、知らせるように」
その告白に、班渠の行動を理解する。そして同時にその苛烈さに、息を飲んだ。
彼は、事の真相を知らなかった。その結果、男は、弁明の余地もなく喉笛を噛み千切られた。
そうさせたのは、他ならない陽子自身だった。
内側を駆け上がる形なきものを、殺す。
そこから感情を削ぎ落とし、ひとつひとつ、入り混じった不純物を取り除くようにして必要な言葉を探す。真実を告白するほか、誠意を示す方法はなかった。
いつ見ても怖いほどに澄んだ景麒の双眸を、陽子は逸らすことなく見据えた。
「手段を選ばなかったのは……違う、選べなかったんだ……それは私が、お前を愛したから。愛されることを、知ったから」
向き合う景麒の表情の中に、ゆっくりと驚きが生まれた。
雨上がりの木立から降り注ぐ水滴の雨のように、それは彼の頬を小さく打った。




「彼女と話したことはない。でも、死んだ奚に想う人がいた事を、私は知っていた。だから、どうしても見過ごすことが出来なかった。どんな恐怖を感じて、耐え難い絶望の中で命を断ったのかと思うと、胸につまった」
感情を殺したつもりで、次第に声は熱を帯び、低く濁った。
「それでも犯人と向き合い、同じ蔑みの目を向けられた時、それがこれほどにおぞましいことだとは知らなかった……!」
揺らぐ感情を受け止めるように、肩を掴む手に、力が込められた。
弱くはあったが、陽子が冷静に返るには充分な強さだった。
「失われた人は、戻りません。けれど、悲劇が繰り返されることはもう、二度とない」
それはできうる限りの感情の排斥された、静かな声だった。
他に聞く者があれば、ありふれた助言に聞こえただろう。
けれどそこにある重みに、慰めではない真実があることを陽子は知っていた。
感情の波が再度、陽子の内側を大きく揺り動かす。
今、心を満たすこの気持ちを声にして伝えられたら、どれだけ幸福だろうと。
誰も見る者はいない。二人だけしか知らない。
それでもなお、喉を震わせる声はなく。
声に出来ない想いの代わりに、目交いの彼を見つめた。
これきり、逢えぬ人を見るように。
肩を掴んでいた景麒の手から力が抜け、その指先はゆっくりと鎖骨をたどり、やがて喉元にまといついた。
息苦しさに唇を開きかけた瞬間、その手は頭の後ろに周り、気付けば抱きすくめられていた。その温かさに自然と身を任せると、切なくてたまらずに目を閉じた。
包む腕と、その背に回した腕が、無声の会話を交わす。
温かく、優しく。
変わりない抱擁に、ようやく安堵を得たと、そう感じた。
腕が、触れる肌が、彼を憶えている。
忘れることも、失うことももうできないのだと。






「……あなたを…………せたら……」






前触れもなく飛び込んだ声は、刹那で陽子の鼓動を大きくした。
その響きはこれほど傍近くあってさえ、聞き取れないほど微かなものだった。
それでもそこには心を揺らすような温度があり、彼が囁いた言葉はあの夜、捉えそこねた感情そのものだった。
陽子はただ強く、息が止まるほどの力を込めて、景麒を抱きしめた。






それは、麒麟の本能を越えること。永遠を手に入れるために。
陽子のためだけに、向けられた言葉だった。
背中に置かれた手が、応えるように優しく髪を撫でた。
何が正しいことかさえ、ずっとわからなかった。
あるのはただ、大切だと思う心だけ。それに名を与えることは、許されていなかった。
「……駄目だよ、景麒……それは、私の望みだから……」
抱きしめた腕の中、その躰が硬直した。
陽子は頬を寄せた彼の肩から顔をあげ、温かな血が脈打つ首筋に、そっと口接けを落とした。
かすかな吐息に、抱きしめる躰が小さく震える。
もう、充分だった。
遠くから、慌ただしい人の足音が聞こえる。
抱きしめた腕は、お互いを守るためにどちらからともなく、緩んでいった。










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07.12.01