美しい人 [3]










顔を合わせるなり祥瓊は、陽子を一瞥して目を丸くした。
「ちょっと陽子、なんなのその適当な頭は」
「何って、どこかおかしい? 湯浴みして、これでも結構急いで来たんだよ。それは言いっこなしだろう?」
悪びれもせずからりと笑うが、祥瓊は呆れた様子で柳眉をひそめた。
「それにしたって、そっけなさすぎるわあ……」
淡く血の色を透かした頬に形のよい手をあてて、祥瓊は乾燥した呟きをこぼした。
そう言う彼女の髪は、石のついた飾りや金銀の櫛一つないものの、思わず目を止めたくなるような女性らしい華やかさが匂っていた。
自分と似たやわらかい質の髪を、飾り紐と質素な笄だけで結っているだけなのに、ほころんだ花を目にとめた時と似たような想いを抱かせる、そんな女性特有の華やかさがあった。
所詮土台が違う、と逃げても聞かなかったことにされる。
何を言い訳にしても、祥瓊の方が一枚も二枚も上手だった。それを承知で、陽子は礼儀として、唇だけに笑みを載せる。
「私、このままで別にちっとも困ってないよ」
「あなたが困らなくても、私が困るの」
「どうして」
「どうしても」
まるで子供と母親のような、いつもながら成り立たない会話に肩の力が抜けるのを感じながら手を引かれ、窓辺に置かれた椅子へと導かれる。
陽だまりの溢れる窓辺は、それだけで居心地がよい。
打紐で括っただけの髪をほどかれ、祥瓊は長くなった髪を丁寧に櫛で梳いた。
それ自体は心地よく、機嫌がよいのか歌を口ずさむ祥瓊の声に、のんびりとした気持ちになる。
「頭痛がしそうにきつく結うのは、勘弁してほしいな」
冗談に呟くと、明るい笑い声が降ってくる。
「まったく信用のないこと。正装するんじゃないだから、そんなに期待しないで頂戴よ。今はなるべく装飾品を使わずに、いかに美しく髪を結うかに凝ってるの」
「なるほど、それはいいね。是非国中に流行らせたいよ」
「じゃあまずは我らが女王さまからね。腕が鳴るわ」
「どうぞお手柔らかにね、祥瓊?」
「はいはい、承知いたしました。どうぞ期待してらしてね」
それにうんと頷くと、頭を揺らさないで頂戴、と笑い混じりの注意を受けたので、笑みがこぼれそうな口を手で塞いだ。
















丁度よい時間だと思うわ、と言いながら、祥瓊は陽子に一通の書簡を手渡した。
これで、三通目の手紙だった。
少しの憶測も持たず、陽子はそれを開いた。
差出人は、老獪な冢宰だった。
考えるだけ無駄だと、自分の幼さを悔しく思いもせず、むしろ宝の地図を紐解くような気持ちでそこへ視線を落とす。
教本の手のように、読みやすく、それでいて優雅な筆跡を追えば、午後のお茶の誘いだった。
途中、彼の師である遠甫を誘って共に来るように、とあくまで礼節を失わない文言で綴られ、手紙は終わっていた。
礼を告げて祥瓊と別れ、遠甫の元へ向かう。
やわらかく空気を含むようなゆるく、それでいて上品さ、華やかさを失わない髪形は、型破りではあるだろうが、不思議と肩が抜けるような気持ちを陽子に与えてくれた。
鏡越しに見た、祥瓊の満足そうな笑顔が思い出すだけで笑えて仕方ない。
一房だけ結い残した髪が時折首筋に触れて、少しだけくすぐったかった。
けれどそれがまるで普段の自分の我が儘への許しのようで、なぜか温かい気持ちにさせてくれた。










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07.02.17